◆ 空蝉 ◆
この頃の結婚は、男性が女性の元を訪れる「通い婚」が一般的でした。

光源氏は結婚して5年ほどたちましたが、つんとすましている葵の上とは相変わらず馴染めずにいます。
妻の元を訪れるのも気が進まず、宮中にばかりおられます。

さて梅雨のある日、友人たちが集まり恋愛経験の話しに花が咲きました。
高貴な姫君よりも、中流階級の姫君に思いもよらぬ可愛げな姫がいるものだと聞かされ、興味がわいてきます。

そんな折り、ある女性と出会います。

たまには妻のところにも行かないと世間体が悪いしなぁ‥
しぶしぶ立ち上がった光源氏に、お付きの者が「今日はそちらの方角は良くありません」と言います。

当時、何かをするときには必ず陰陽師が占いをいたしました。
葵の上邸の方角は凶と出たのです。
仕方がないので、知り合いの家に一泊することにしました。

暑くて寝苦しく家の中をうろうろしていると、そこに女性が。
光源氏は嬉しくなり女性の手をとってしまいます。
女性はなにが起こったのか訳がわからず抵抗しますが、光源氏の甘い囁きに負けてしまうのでした。

その女性は伊予の介(受領‥地方の長官)の妻でした。

たった一夜のできごとでしたが、女性は苦しみます。
光源氏との甘い時間に身も心もすっかり奪われてしまっていたのです。
しかし人妻の我が身。光源氏には不釣り合いな我が身分。
忘れなくては‥ 二度とお会いするまい‥

光源氏もこの女性が忘れられずお便りを送りますが、女性はかたくなに拒否し続けます。
そうなると光源氏は余計に想いが駆り立てられます。

ある晩 また女性の元に忍び込むチャンスがやって来ました。
こっそり誰にも気付かれないよう、お部屋に入って行きます。

女性は、光源氏のことを忘れなくてはと思いますと余計に忘れられず、寝られないでおりました。
するとどこからともなくあの方の香りが漂ってくるではありませんか。

慌てて布団から飛び出し、横に置いていた衣もそのままに、隣の部屋に逃げてゆきました。

女性に逃げられてしまった光源氏。
そうなるとますます諦められず、女性が置いていった衣を持ち帰りました。

蝉の脱け殻のようなこの衣‥
この女性を、空蝉(うつせみ)と名付けました。