◆ 朧月夜① ◆

光源氏二十歳の春のことです。
紫宸殿で桜の宴が行われました。
舞や音楽、詩の披露など華やかな宴が果てた後、
ほろ酔い心地の光源氏は、恋しいあの方(藤壷の宮)にお逢いできる隙はないだろうかと
後宮をさ迷い歩いておりました。

しかしあれ以来、藤壷の宮は一分の隙もお見せにならず、光源氏はやるせない思いを抱えておられます。

すると向こうから「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさみながら歩いてくる美しい女がいるではありませんか。
とっさに袖をとり、部屋へ抱え入れました。
女の様子はとても可憐で人なつっこく、強く拒むふうでもなく身をまかせます。
あっという間に明け方になりざわめく気配にせかされ、名乗り合う間もなく、扇を交換して別れました。


さてこの姫君は、右大臣の六番目の姫で、なんと東宮(皇太子)に入内が決まっている方でした。

しかし姫君は夢のような逢瀬が忘れられす、思い乱れておいでです。

それからほどなくして藤の宴が催され、あのときの姫はどこにおいでだろうと光源氏は「扇を取られて辛目をみる‥」と呟くと、ある部屋の奥から溜め息をつく気配がします。
几帳ごしに手を取り、また逢えた喜びに心躍るおふたりです。